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2012年10月1日月曜日

奈留島の解説

 奈留島というのは、長崎県の五島列島にある島です。2012年現在は、五島市に所属します。(五島市奈留町)福江島の北隣に位置する島です。奈留島は今回の主人公の一人である石元が中学校2年まで過ごしたところです。小説の時代1981年では、まだ、南松浦郡奈留町でした。長崎港を8時台のフェリーに乗ると12時過ぎの到着します。僕たちは2等席だったので20畳くらいの広間で過ごしました。客室の外の甲板などでも過ごせます。高校生の僕たちは静かに過ごしますが、慣れた人は寝るが夏なのでビールを飲みながら過ごします。甲板では気持ちいい風が吹きます。最初長崎の深い入り江の長崎港を抜けるとどこまでも海しか見えない所を何時間も進みます。奈留島には学校が4つありました。奈留小学校と船廻小学校と奈留中学校と奈留高等学校です。現在は奈留小中学校と奈留高等学校になってしまっているようです。
 当時の奈留島には信号機が1つあって、これは将来、中学や高校を卒業して本土(長崎市などのことをそう呼んでいたらしい)にいったとき信号機をみたことなくて困らないように設置された(らしい)。
 僕たちがコンサート(昔はライブとはいわなかった)を行ったのは奈留町公民館大ホール。バンドの演奏は初めてのことだった。ステージがあって一段下がったところに客席があった。石元の友達である奈留高校の龍二くんが申し込んでくれました。
 僕たち男の子2人、女の子2人は石元の家に泊まりました。この旅行のことは高校時代に文章にして、ライブでも発表されたことがあります。このときの観客も6人でしたけど。この発表を聞いた観客で当事者たちは大変恥ずかしがり、外の人たちは自分も参加できなかったことを残念に思ったそうです。それは青春の1ページとなったことでしょう。その頃のお客さんのいい親父やお袋になっていることでしょうけど。
 最近、石元にも再会しました。このことは他に僕が運営しているほとんど更新されていないブログでも書きましたが、たまたま石元が勤めていた会社のホームページで石元のコラムを見つけて、会社のインフォにメールを送って返信があり、20数年ぶりの再会を果たしました。
 オサムとはたまたま乗ったタクシーの運転手がオサムで僕に気づいてくれて再会しました。
 1981年当時、高校2年生だったぼくも48歳になり、あのときを残したいと思いこのブログを始めた次第です。あの暑かった夏をもう一度、高校生の視点でつづっていきたいと思います。
 なかなか更新しないけど、たのしみにしてください。

2012年9月30日日曜日

ペッツ 1981 夏の奈留島にて1

「ペッツ ドラマーならちゃんと合わせてくれよ」
石元が機嫌悪くいう。

僕たちはステージに立っていた。
正確には石元とオサムがステージに立っていた。
僕は仲間はずれだった。そんな気がしていた。
石元はモリーリスの堀内孝雄モデル、オサムはギブソンのレスポール。
かなり決まっていた。

「ペッツ今度は間違えるなよ」
「オッケー」軽く僕は答えた。
ダダダ ダダダ ダダダ ダダダ ダダダ ダッ」
サンキュッパのステカセがなる。
タイミングよく停止ボタンを押す。
まるでアリスが俺
僕たちのバックバンドをしているように、続けていく。

僕たちのコンサートはアリスの「LIBRA-右の心と左の心-」からスタートする。
観客席はかなり盛り上がっている。
折りたたみイスを並べた会場は満席だった。
当然だ。僕たちはいつもその時の出せる力をお客さんのために出しつくす。
今までもそうしてきた。これからも自己満足だけでなく、そうしていく。
たとえ、お客さんが3人で会っても。

ひとりは石元の中学2年の時、転校してくる前の学校で同級生だった。
この会場を借りてくれた、大事な友達だった。
あとのふたりは、このツアーに付き添い、付き合ってくれた、スタッフ兼ファンだ。

僕の演奏はこれで終わった。
僕はこのバンドのドラマー。
楽器を持たないドラマー。今回のツアーではダラムの出番はない。
でも僕は仕事が終わったからといって観客席におり訳はいかない。
あくまで,僕はこのバンドのドラマーだから。

2曲目の「荒ぶる魂」へと続く。
オープニングの2曲は「アリスⅨ 謀反」の中の曲だ。
アリスファンにとっては大事にしているアルバムだ。このアルバムはアリスの最高のアルバムだと思っている。今年11月にはアリスは解散することが決まっている。

「こんにちは レーテです。きょうは忙しい中レーテのコンサートの足をお運びいただいてありがとうございます」MC担当の石元がしゃべり出す。
何千にものお客さんがいるかのように。



2011年1月30日日曜日

かをり

 石元から電話があった。
「三和さん。おねがいがあるんだけど」
石元は中学校の時の同級生だ。ほっそりした長身で色が黒い男だった。
中三の時に、私たちのクラスに転校してきた。
離島からの転校生で田舎ものと思っていたが、
服装といい、しゃべり方といいシティーボーイだ。
私と石元は違う高校に進んだ。
石元は続けていった。
「俺ら、今度コンサートをやるんだけど、キーボードをやってくれないかな。
メンバーは俺とオサムとペッツなんだ」
他のふたりも中学の同級生で石元と同じ高校だ。
「春のコンサートではは林さんがやってくれたんだけど、今度は都合が悪くって、
新しいメンバーを探してるんだけど、三和さんピアノずっと習っていたよね。
中学校のお別れ会の時弾いてくれたの思い出したんだ」
私は黒い電話を床におろし玄関に腰掛けた。
「何をやっているの。銀蠅、RC」
「銀蠅やRCって誰でもやってるだろう。俺達は違うよ」
銀蠅とは横浜銀蠅、RCはRCサクセション。有名なロックバンド。
「じゃ何やってるの」
「アリス」
「アリスって、チャンピオンとか冬の稲妻やってるグループ?フォークやってるの?」
「フォークじゃないよ。ニューミュージックだよ。最近のアリスってかっこいいんだ」
「へー、そう」
私は素っ気なく言った。
コレは私の口癖だ。時々この言葉、言い方は冷たく感じるらしい。前に石元がいったことがある。
今日はそんなことは言わない。石元にとってはもう慣れっこなんだろう。
「今から、今度やる歌のテープもってってやるよ。上林公園まで出てこられるかい」
石元は6時にいくからと言って、さっさと電話を切ってしまった。
そのとき、ボーンとうちの柱時計が1回鳴った。
まだ4時半だ。外ではジージーと蝉がうるさかった蝉時雨が一瞬止まった。
うるさくいつもなっている音は聞こえないが、
音がしなくなった瞬間時止まったような気になるときがある。
時がまだまだ暑い夏が続くことを知らない私を置き去りにするように。

2010年6月25日金曜日

彩 -サヤカ-

きょうもハンバーガー屋さんの前で赤信号を待っていた。
たくさんの制服たちが並んでいた。
うちの制服はシンプルで白いカッターシャツに紺のスカートだけだった。
左腕のところに薄い色で英語で校名が入っていた。
この町では、有名な制服だった。私も中学校の頃からあこがれていた。
さっそうと歩く姉さんたちはかっこよく輝いてみえた。
今年からわたしもその一員となった。学校は長崎の高台にあり、学校からは長崎の町が一望できた。
信号がすすめを示した。いつものように、大学病院前の電停を目指してすすみはじめた。
浦上川に架かる橋の中央まで進んだところで、制服の男子高校生が二人が目の前に進んできた。
「こんにちは。僕たちバンドやっているんだけど、今度原楽器でコンサートやるんだ」
背の高い色の黒いひとが声をかけてきた。制服は近くの男子校の生徒だった。
「音楽に興味ありますか。僕たちはアリスのコピーをやっています。ほかにも3つバンドが出ます」
「私、アリス大好きです。お父さんがよく聞いています。いくらなんですか」
思わず私は反応した。
「本当は、500円なんだけど、今日初めての方なので300円でいいよ」
色が黒い目がくりっとした人が背の高い人をチラッとみて答えた。
「いつですか」
「7月26日。夏休みの最初の日曜日」
「ふうん。友達と行こうと2枚ください」
小さい赤い財布から600円出した。
色の黒い男の子は赤いチケットを渡しながら
「500円でいいよ。ありがと。きっとみにきてね」
「7月26日だから。レーテというバンドだよ。一番最後に出るから」
背の高い男の子もニコニコしながらいった。
チケットは手作り感たっぷりだった。
受け取って、また電停をめざした。
男の子たちはほかのうちの制服に声をかけている。
長崎では今高校生バンドがあつい。
どんな演奏をしてくれるのだろう。
もうすぐ5時だというのにまだまだ高く、セミの鳴き声がしていた。
もう梅雨が明け夏が始まろうとしていた。
何かがおおきく変わろうとしているように思えた。