奈留島というのは、長崎県の五島列島にある島です。2012年現在は、五島市に所属します。(五島市奈留町)福江島の北隣に位置する島です。奈留島は今回の主人公の一人である石元が中学校2年まで過ごしたところです。小説の時代1981年では、まだ、南松浦郡奈留町でした。長崎港を8時台のフェリーに乗ると12時過ぎの到着します。僕たちは2等席だったので20畳くらいの広間で過ごしました。客室の外の甲板などでも過ごせます。高校生の僕たちは静かに過ごしますが、慣れた人は寝るが夏なのでビールを飲みながら過ごします。甲板では気持ちいい風が吹きます。最初長崎の深い入り江の長崎港を抜けるとどこまでも海しか見えない所を何時間も進みます。奈留島には学校が4つありました。奈留小学校と船廻小学校と奈留中学校と奈留高等学校です。現在は奈留小中学校と奈留高等学校になってしまっているようです。
当時の奈留島には信号機が1つあって、これは将来、中学や高校を卒業して本土(長崎市などのことをそう呼んでいたらしい)にいったとき信号機をみたことなくて困らないように設置された(らしい)。
僕たちがコンサート(昔はライブとはいわなかった)を行ったのは奈留町公民館大ホール。バンドの演奏は初めてのことだった。ステージがあって一段下がったところに客席があった。石元の友達である奈留高校の龍二くんが申し込んでくれました。
僕たち男の子2人、女の子2人は石元の家に泊まりました。この旅行のことは高校時代に文章にして、ライブでも発表されたことがあります。このときの観客も6人でしたけど。この発表を聞いた観客で当事者たちは大変恥ずかしがり、外の人たちは自分も参加できなかったことを残念に思ったそうです。それは青春の1ページとなったことでしょう。その頃のお客さんのいい親父やお袋になっていることでしょうけど。
最近、石元にも再会しました。このことは他に僕が運営しているほとんど更新されていないブログでも書きましたが、たまたま石元が勤めていた会社のホームページで石元のコラムを見つけて、会社のインフォにメールを送って返信があり、20数年ぶりの再会を果たしました。
オサムとはたまたま乗ったタクシーの運転手がオサムで僕に気づいてくれて再会しました。
1981年当時、高校2年生だったぼくも48歳になり、あのときを残したいと思いこのブログを始めた次第です。あの暑かった夏をもう一度、高校生の視点でつづっていきたいと思います。
なかなか更新しないけど、たのしみにしてください。
2012年10月1日月曜日
2012年9月30日日曜日
ペッツ 1981 夏の奈留島にて1
「ペッツ ドラマーならちゃんと合わせてくれよ」
石元が機嫌悪くいう。
僕たちはステージに立っていた。
正確には石元とオサムがステージに立っていた。
僕は仲間はずれだった。そんな気がしていた。
石元はモリーリスの堀内孝雄モデル、オサムはギブソンのレスポール。
かなり決まっていた。
「ペッツ今度は間違えるなよ」
「オッケー」軽く僕は答えた。
ダダダ ダダダ ダダダ ダダダ ダダダ ダッ」
サンキュッパのステカセがなる。
タイミングよく停止ボタンを押す。
まるでアリスが俺
僕たちのバックバンドをしているように、続けていく。
僕たちのコンサートはアリスの「LIBRA-右の心と左の心-」からスタートする。
観客席はかなり盛り上がっている。
折りたたみイスを並べた会場は満席だった。
当然だ。僕たちはいつもその時の出せる力をお客さんのために出しつくす。
今までもそうしてきた。これからも自己満足だけでなく、そうしていく。
たとえ、お客さんが3人で会っても。
ひとりは石元の中学2年の時、転校してくる前の学校で同級生だった。
この会場を借りてくれた、大事な友達だった。
あとのふたりは、このツアーに付き添い、付き合ってくれた、スタッフ兼ファンだ。
僕の演奏はこれで終わった。
僕はこのバンドのドラマー。
楽器を持たないドラマー。今回のツアーではダラムの出番はない。
でも僕は仕事が終わったからといって観客席におり訳はいかない。
あくまで,僕はこのバンドのドラマーだから。
2曲目の「荒ぶる魂」へと続く。
オープニングの2曲は「アリスⅨ 謀反」の中の曲だ。
アリスファンにとっては大事にしているアルバムだ。このアルバムはアリスの最高のアルバムだと思っている。今年11月にはアリスは解散することが決まっている。
「こんにちは レーテです。きょうは忙しい中レーテのコンサートの足をお運びいただいてありがとうございます」MC担当の石元がしゃべり出す。
何千にものお客さんがいるかのように。
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